teeth mine への道
「ブラックサンタ」にかわって、アメリカでの心温まるお話。2月ごろテレビで放映されたので、ご存じの方もおられると思います。
27年間クリスマスシーズンに、困っている人々へ現金を配って歩いた「シークレットサンタ」。
23歳のラリー・スチュアート氏は職を失い、空腹の余りお金も無いままレストランで食事をします。会計になって、無銭であることを思い出して取り繕いますが財布もお金もありません。
捕まっても仕方がないと思ったその時、「落ちていましたよ」と歩いていたシェフから20ドル札を手渡され、幸運にもその場をやり過ごすことができました。
その後、職を転々として困難に迫られ、銀行強盗さえ起こしそうになりますが、偶然、20ドル札を見て思い留まります。
2年後、仕事を解雇され再び困難な時期を迎えたクリスマス、悲しそうな顔をした売店の女性にプレゼントとして20ドルを渡した時、強く感謝されたことに幸せを感じます。
彼はこれをきっかけに、余裕もないのに銀行の貯金をすべて下ろし、街の至る所で20ドルを人々に配って歩くようになります。
20ドルは大金ではありませんでしたが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで受け取ってもらえました。
それは、次の年もその次の年も続きます。
シークレットサンタの活動を繰り返すうちに、不思議な事に、会社もうまく行くようになり裕福になっていきます。そして裕福になった分、クリスマスに配る金額も人数も増えていきました。
夫がシークレットサンタであることを知った妻は「節約して私も協力するわ。」と申し出ます。
28年目になって彼は、若き日に20ドルを拾って渡してくれたレストランのシェフ、テッド・ホーン氏を訪ねます。
後で振り返ると、あの日の20ドルは、テッド氏が本人に恥をかかせまいと落としたものでした。
その事に気づいた彼は、その恩を返すためにシークレットサンタを始めたのでした。あの日の20ドルがなければ、彼は刑務所にいたかもしれません。
その事をテッド氏に告げて1万ドルを手渡し、テッド氏もその1万ドルを施設の人に寄付したり、貧しい人を助けるための活動に使います。
彼はその後も、マスコミの取材にも匿名を条件に、シークレットサンタとしての活動を続けます。9.11テロ後のニューヨークで、2005年ハリケーン後のミシシッピで、27年間で配った総額は150万ドル。
2006年の冬、彼はシークレットサンタであることを公表します。食道ガンで余命1ヵ月と宣告されたからです。
正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、身近な人への思いやりを広げて欲しいというメッセージを送りたかったからだろうと、取材した記者はコメントしています。
ラリー・スチュアート氏は、その冬のクリスマスも病気をおしてサンタの活動をし、2007年1月に58歳でこの世を去ります。
今日、彼の活動は、賛同して遺志を継ぐ者達によって続けられています。
映像が、YouTubeにアップされています。
与えることで自身も与えられること。続けてゆくこと。ひとりではないこと。
クリスマスの夜、忘れていた大事なことに気づかされました。
良いクリスマスを。
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