teeth mine への道
『母の日』がアメリカ合衆国ではじまったのは1908年。
その翌年の1909年,ワシントン州のソナラ・ドッド(ジョン・ブルース・ドッド夫人)が、彼女を男手1つで自分を育ててくれた父・北軍の軍人であったウイリアム・ジャクソン・スマート氏を讃えて、教会の牧師にお願いして,父の誕生月6月に父の日礼拝をしてもらったことがきっかけと言われています。
当時すでに母の日が始まっていたため、彼女は父の日もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願したことが始まりでした。
それは、1909年6月19日の第3日曜日でした。
ドット夫人が幼い頃,南北戦争が勃発。父は召集、ドット夫人を含む子供6人は母親が育てることになりますが、母親は過労が元でスマート氏の復員後まもなく亡くなります。以来,スマート氏は再婚もせず生涯独身で働き通して,男手1つで子供達を育てますが,子供たちが成人した後、亡くなります。
1916年アメリカ合衆国第28代大統領ウッドロー・ウィルソンの時に父の日が認知され,1972年(昭和47年)になり、アメリカでは国民の祝日に制定されました。
母の日の花がカーネーションなのに対して、父の日の花はバラ。
ドット夫人が、父親の墓前に白いバラを供えたからとされています。
日本ではネクタイ業界が1966年に提唱,イベントとして広まります。
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